父と母の後姿

先日、実家から父と母が訪ねてきた。

世間では、父親、母親は子供がいくつになっても心配するものだという



表向きは、九州に遊びに来たというものだが、

内心は、遠く離れた地にいる息子が心配で訪ねてきたというもの


自分自身今年34歳を迎える年になり

親の気持ちがだいぶわかるようになった



自分は決してできた息子ではなく、今まで親に心配ばかりをかけてきた

親孝行という言葉の反対側にいて、好き勝手やってきた



そんな親が、この頃、自分に対して気を使ってくれる節があり、

先日九州に訪ねてきたときも、ともに2日間行動する中で随所に

そういうところが見受けられた。


そういう場面に接すると、散々迷惑をかけた息子は

なんていうかそれまでは不動のものだった親という存在が

急に距離感を感じ、弱く見え胸がきゅーっと苦しさを覚える




当たり前のことかもしれないが、いつまでも親子の関係は変わらないが、

部分的なところで、少しずつ年月とともに変化しているものがあるのだと

気づかされる。


だから自分は、必死で心配かけまいとする でも、母親はそんな息子の

本当のところを見抜く 見抜いたところでそれ以上はあえて言わない

見守っていてくれているのだと感じる



両手にたくさんのお土産の荷物を抱えた両親は、

新幹線の乗車口で、「じゃあ 体にきをつけて しっかりやりなさい」

といつものセリフを

そして振りかえり、改札口を抜けホームに向かう

父が母の荷物を気にして自分が持つと声をかけ、それを断っている母


その時に、

父と母の後姿がとてもとても小さいことに気づいた




何もたいしたことはしてあげられないけど

どうかふたりともに一緒にいつまでも長生きしてください


(矢頭)